Tag Archives: Japanese gallery

Surrogate Structures Sam Stocker 6 November 2017 – 22 January 2018   Opening night reception + launch of publication: 6 November, 19:30 – 21:30 Reception includes live performances by Sam Stocker, Aquiles Hadjis,                                             […]

A Place to Bury Everything I Did

A Place to Bury Everything I Did Alexandre Maubert 7 November, 2016 – 23 January, 2017   Opening night reception: 7 November, 19:30 – 21:30 Live dance performance by Kyoko Nomura Photographing   Opening night reception: 5 December, 19:30 – 21:30 Displaying works Launch of publication   © Alexandre Maubert, 2016. Rehearsing with Kyoko Nomura. […]

In dwam

In dwam Risa Tsunegi 13 April – 29 June 2015   Opening night reception: 13 April, 19:30 – 21:30 Wall Dance, Risa Tsunegi, 2015. Mixed media, approx 170 x 120 x 17 cm. . 常木理早の作品は、60年代と70年代のアメリカのミニマリスト運動から大きく影響されています。 それに加え、ポスト抽象表現主義のエスセティックの影響も窺うことができます。 数多くのポスト抽象表現主義のアーティストのように、彼女の造る作品は一般的な姿を拒み、形のフィジオロジーに焦点を置きます。 彼女の作品に見る、形、重さ、重力、建物の空間を分割するような作品のあり方は、一見、アメリカ人彫刻家リッチャード・セラの作品を思い起こさせます。 しかし、彼とは違い、常木は驚きと欺瞞をテーマとします。 目で見える物が真実とは限りません。常木は、幻想を作り出す魔術師のようです。2009年の作品<ガーダー>の、重力に逆らうように空中に浮かぶ500センチの鋼のビームは、まさに魔術のようです。 この重たい鋼の柱は、あたかも動画の静止画のように時間が止まっているように見えます。常木がどうやってこの柱を時空に浮かばせたのかは、いくら見ても、分かりえないでしょう。 鋼に見える柱が実はフォームでつくられていて、コンクリートの地面に直面する角が実は地中に続く柱のサポートになっているのが、ツネギの魔法の秘密です。 同じく構造されているのが、彼女の2010年の作品<ドリップス>です。 鋼のフレームから垂れ下がるペンキの雫が、落ちる前の一瞬を永遠に止 め、保った作品です。また、この作品も<ガーダー>のように、ペンキはスポンジを使ってつくった作品です。 視聴者を惑わしていないのであれば、常木の作品は視聴者に空間の構造を尋ねています。 視聴者に新しい空間の見方を主張しているかのようです。 今回のザ・コンテインナーで展示する作品<In dwam>では、コンテナのサイズと空間を利用し、新しい空間とイルージョンをつくりま す。 インスタレーションは、<ウォール・ダンス>というミックスド・ メディアでつくられた壁と柱の構造と<アタッチメント>という天井からぶら下がる小さな彫刻の二つの作品です。 <ウォール・ダンス>(170x120x177cm)は、タイル張りの壁の中心にコンテナの天井から地面へ柱が突き刺さっている作品です。 一見すると、この作品は後ろの壁へと繋がるようであり、石膏で造られているように見えます。 しかし、よく見てみると分かるのが、壁が実は奥に向かっていくにつれカーブし、ハンドメイドの石膏製タイルで覆われた、フォームで形成された土台だということが分かります。 一見頑丈な構造も、映画の撮影現場のようにフェイクな模造でしかない幻想ということが明らかになります。 […]

Love Me, Bomb Me

Pedro Inoue 9 June – 17 August 2014   Opening night reception: 9 June, 19:30 – 21:30 革命はテレビ放映されないだろうが、ネット上では必ずや公開されることだろう。それはハッシュタグ、フェイスブック、ツイッターなどを経由して、ウイルス感染症のように蔓延する—国境や海を超え、政府を倒し、金融機関を揺るがし、世界秩序を塗り替える。中東の政治勢力の崩壊を伴ったアラブの春、イギリス・ベネズエラ・メキシコ・リマ・スペインの暴動、ニューヨークのウォール街・イスタンブール・アテネ・サンパウロで行われた反大企業と反権力層の傾向を持つデモンストレーションを伴った「占拠運動」など、ここ10年で多くの変化が見られた。ソーシャルメディア・インターネットミーム・スマートフォンアプリ、アサンジ・マニング・スノーデンなどの内部告発者の公表、政治的ハッカーによるサイバーテロ—これらが空気中に漂わせるのは変化の匂いである。ペドロ・イノウエは静かに身を潜めながら、この匂いを肺一杯に吸い込んでいた。 ペドロ・イノウエは長い間待っていた—政治家、大企業、軍隊、金のモチーフを頻繁に使用した社会政治的に対して明敏なグラフィックデザインを通して、噂を広め社会変化を呼びかけながら。 ブラジル出身のペドロ・イノウエは、商業デザインからアート作品まで幅広い制作を手がけながら、革命をゆっくりと企ててきた。韓国、日本、フランス、イギリスでの展示経験を有する彼は、デヴィッド・ボウイ、ダミアン・ハースト、坂本龍一などともコラボレーションをしている。またここ数年は、社会政治雑誌『アドバスターズ』のクリエイティブディレクターとしても活動している。商業的であれ芸術的であれ、彼の作品には全て、私たちが作り出した世界に対する容赦ない批判を見出すことができる。 例えば彼の素晴らしく繊細な「曼荼羅」には、目の錯覚を引き起こすような瞑想的で複雑な曼荼羅の模様が、幾百もの企業ロゴで構成されたデジタルデザインで施され、「恐怖万歳」、「軍隊&金融」、「最終セール」など機知に富んだタイトルがつけられている。曼荼羅を遠くから見ると、紙幣に印刷されている複雑な模様との関連性が思い浮かび、イメージの催眠術効果に不安と吐き気が催される。 イノウエの、幾百もの(時には幾千もの)バラバラなイメージをコラージュして複雑にまとめたデザインを生み出すグラフィック能力、そして一般に広く認識されるありふれた象徴や記号の語彙を美化する能力には、感嘆するばかりである。また身近な作品を試みた、彼のデザイン包装紙のシリーズも興味深い。美観性の高い豊富な模様を使い、サッダーム・フセイン(サッダーム)、シェル石油のロゴ(シェル)、飛行機や武器(恐怖)が描写されている。作品に近寄ると、初めてその不健全さ、隠れたサブリミナルメッセージ、皮肉が露になる。 イノウエの作品の本題のひとつとして、アーティストとお金、商業的な仕事と芸術な仕事との関係が挙げられる。過去の作品にはこの矛盾を処理しようと、高価な過程を以て限定版プリントを制作し、ランバダもしくはチバクロームを使い、アクリルとアルミニウム額を取り付けたものがある。これには、お金が飛び交う「安価な」日常から、アーティストとしての「純粋な」ビジョンを切り離す意図があった。これは完成した作品に磨きをかけるイノウエの関心、そして彼の現代美術界に対する考えにも呼応する。 東京ワンダーサイトのレジデントとして東京に滞在した際、イノウエは自分が、面白いと思っことや正しい道よりも、作品に「価値を付加する」というコンセプトに誘導されていることに気づいた。この発見により、作品を最安で制作する方法を追い求めた新たな作品シリーズの制作が促された。60年代70年代イタリアのアルテ・ポーヴェラの芸術家のように、イノウエは良質と低質の境を曖昧にし、良質な作品が安価な制作技術などの「低い」ものとは反対であるという相互関係に抵抗した考えを表した。 今回イノウエは、このコンセプトを更に掘り下げ、実際の展示スペース(壁、天井、床)の内部を全て、生地、幾何学模様、曼荼羅デザインで覆い、コンテナの空間の再創造を試みた。立体的なオブジェが一切ないにせよ、これは一種の彫刻インスタレーションとも言えるだろう。彼は、観者がインスタレーションとの相互作用から免れることのできない環境を作った—それはまるで観者に及ぼす視覚的かつ精神的なインパクトそのものが作品であるような、強要されたパフォーマンスアートのようである。   The revolution will not be televised, but it will most certainly be computed.It will be hashtagged, Facebooked, and Twitted. It will spread like a contagious viral disease – crossing […]