Category Archives: installation

A Blot on the Landscape   片岡純也 / 岩竹 理恵 Junya Kataoka / Rie Iwatake 29 May – 3 July, 2017   Opening night reception + launch of publication: 29 May, 19:30 – 21:30 Publication (catalogue)     若き日本人アーティストデュオの岩竹理恵と片岡純也が作り出す世界は曖昧さに 満ちています。それらはシンプルなかたちだが独特な視点で注意深く入念に作り込まれて います。彼らのインスタレーション作品に触れたとたん、彼らの独特な解釈や連想にあふ れた新しい世界へと誘われます。ふたりの素晴らしい才能は日常的な物を再解釈しそれら を理解するための新しい方法を作ることです。 岩竹と片岡によるシンプルな技術と装置の魅力はメディア・アーティストとして 世界的に評価されましたが、彼らは最先端のテクノロジーを使うことには興味がありませ ん。彼らの取り組み方は謙虚で抒情的であり、電球・紙・地図・ポストカード・セロテー プ等の身の回りにありふれた物の再考察をし、それらに新しい文脈をもたせます。彼らの インスタレーション作品は回り続けている物が多いが、それらは機械的な作品にもかかわ らず有機的なかたちを留めようとしています。平面作品やミクストメディアの作品では他 に比べることのできない彼らの独特な雰囲気を漂わせています。岩竹と片岡はアーティス トというよりも視覚的詩人といえるでしょう。 ふたりのインスタレーション作品を見ていると、入念に組み合わされた装置とイ メージの関係に驚きます。丁寧に作られたイメージの細部には、伝統的な日本美術に特有 の緻密で繊細で潔いシンプルさが見られます。優雅で細やかな感受性に響く作品は三次元 の視覚的な詩を作り出しています。彼らは日常的な物を注意深く観察しそれぞれの特徴や […]

Brave Men of the Asura

Brave Men of the Asura Yuta Hoshi   16 November, 2015 – 31 January, 2016 Opening night reception: 16 November, 19:30 – 21:30   .  © Yuta Hoshi, Untitled, 2015. Inkjet print, size variable. . 2010年の冬、東京の中目黒にあるBrossヘアサロンの中に設置されている、建造された空きコンテナについて興奮して語る友達から電話がきた。「凄く気に入ると思うよ。」と言う。勿論、次の週にその気に入るはずである謎のコンテナを見に行き、そしてBrossヘアサロンのオーナーホシユウタ氏に出会った。私はコンテナに惚れ込み、ヘアサロン内の彼の建てたコンテナと同様に、面白くて興味深いホシ氏の気楽で想像的な人格に魅かれた。その後は勿論、歴史となる − 少々の説得の後にホシ氏は、サロンへのインテリアデザインの一部として彼自身でデザインし建てた空きコンテナにて、私にギャラリーを開設させてくれると承諾した。その偶然の出会いがThe Containerと2011年3月の初回展覧会の誕生を記した。 約5年後に、ホシユウタ氏とのコラボレーションは、それぞれ興味のある事柄やコンテンポラリーアートを好む共通した理解と友人関係へと発展した。時間と共に私はホシ氏が素晴らしいヘアスタイリストだけではなく、彼自身の上でアーティストである事が分かっていった。髪を切らない時、彼はサロンの裏で人像を彫刻し、絵画や、服飾デザインや、写真や、新しいインテリアデザインのアイディアを構想する。実際に、サロンその物のデザインから、周りに散りばめて置かれている工芸品、そして空間を飾るポスターまでの、サロン内で目に入る全ての物は彼の手による結晶だ。 ホシ氏はアーティストとしての教育を受けてはいないが、アート制作無くしてはアートが彼の人生その物である為に人生が成り立たないという、真のアーティストとしての本質の精神を包括する。私はキューレーターとして、いつも「アウトサイダー」アートというアカデミアや美術史、そして流行りに縛られない純粋な形のアートに興味がある。抑え込む評論家や理論家を中心とするアーティスト活動とは正反対な、「アート制作」の為に創られるアート。ホシ氏と私は数年前からThe Containerで彼自身の作品を展示する機会について話し合っており、彼のインスタレーションを我々のスペースで展示する事を嬉しく思っている。 Brave Men of the Asura(阿修羅の勇敢な男達)はThe Containerを伝統的な日本の寺に塗り替えるというミクストメディアインスタレーションである。このインスタレーションの焦点は、ヒンドゥー教神話の神の阿修羅から発想を得た木像彫刻「デミゴッド(半神)」。人像は6本の腕を持ち、ホシ氏が数年前に彼自身の体を彩る為に彫ったという、伝統的な日本刺青で飾られている。それゆえ、ホシ氏とこの彫刻は、ホシ氏を神格像と見せる反転的な試みによるセルフポートレート制作の為に、同じ模様で印されている。この寺自体は、強い日本伝統的な宗教図像学の原物と現存物そして新しく創られたオブジェクトによって謎に包まれつつも、宗教や宗教的団体に属さない寺 — 個人的な祈りや瞑想への精神的な場所と環境を作ろうとしている。 黒と白の抽象的なデザイン、稲妻又は混沌の追憶を意味する、彫刻背後に投映されたビデオプロジェクションは人生の始まりを現しており、神の感覚を深めて精神的経験を昂める。 当展覧会のタイミングは祭日時期や光と冬の祝いと合わせて企画された。そして当展覧会は日本暦で最も大切な、家族と過ごし祈りや内省をする行事の新年に重なるまで開催される。ホシ氏とインスタレーション制作を疲労無く手伝う熱心なサロンスタッフである「助手軍」は、自己反省の空間であるが全体的に人間性の本質の熟考への場を創り出した。 展覧会へのタイトルBrave Men of […]

Love Me, Bomb Me

Pedro Inoue 9 June – 17 August 2014   Opening night reception: 9 June, 19:30 – 21:30 革命はテレビ放映されないだろうが、ネット上では必ずや公開されることだろう。それはハッシュタグ、フェイスブック、ツイッターなどを経由して、ウイルス感染症のように蔓延する—国境や海を超え、政府を倒し、金融機関を揺るがし、世界秩序を塗り替える。中東の政治勢力の崩壊を伴ったアラブの春、イギリス・ベネズエラ・メキシコ・リマ・スペインの暴動、ニューヨークのウォール街・イスタンブール・アテネ・サンパウロで行われた反大企業と反権力層の傾向を持つデモンストレーションを伴った「占拠運動」など、ここ10年で多くの変化が見られた。ソーシャルメディア・インターネットミーム・スマートフォンアプリ、アサンジ・マニング・スノーデンなどの内部告発者の公表、政治的ハッカーによるサイバーテロ—これらが空気中に漂わせるのは変化の匂いである。ペドロ・イノウエは静かに身を潜めながら、この匂いを肺一杯に吸い込んでいた。 ペドロ・イノウエは長い間待っていた—政治家、大企業、軍隊、金のモチーフを頻繁に使用した社会政治的に対して明敏なグラフィックデザインを通して、噂を広め社会変化を呼びかけながら。 ブラジル出身のペドロ・イノウエは、商業デザインからアート作品まで幅広い制作を手がけながら、革命をゆっくりと企ててきた。韓国、日本、フランス、イギリスでの展示経験を有する彼は、デヴィッド・ボウイ、ダミアン・ハースト、坂本龍一などともコラボレーションをしている。またここ数年は、社会政治雑誌『アドバスターズ』のクリエイティブディレクターとしても活動している。商業的であれ芸術的であれ、彼の作品には全て、私たちが作り出した世界に対する容赦ない批判を見出すことができる。 例えば彼の素晴らしく繊細な「曼荼羅」には、目の錯覚を引き起こすような瞑想的で複雑な曼荼羅の模様が、幾百もの企業ロゴで構成されたデジタルデザインで施され、「恐怖万歳」、「軍隊&金融」、「最終セール」など機知に富んだタイトルがつけられている。曼荼羅を遠くから見ると、紙幣に印刷されている複雑な模様との関連性が思い浮かび、イメージの催眠術効果に不安と吐き気が催される。 イノウエの、幾百もの(時には幾千もの)バラバラなイメージをコラージュして複雑にまとめたデザインを生み出すグラフィック能力、そして一般に広く認識されるありふれた象徴や記号の語彙を美化する能力には、感嘆するばかりである。また身近な作品を試みた、彼のデザイン包装紙のシリーズも興味深い。美観性の高い豊富な模様を使い、サッダーム・フセイン(サッダーム)、シェル石油のロゴ(シェル)、飛行機や武器(恐怖)が描写されている。作品に近寄ると、初めてその不健全さ、隠れたサブリミナルメッセージ、皮肉が露になる。 イノウエの作品の本題のひとつとして、アーティストとお金、商業的な仕事と芸術な仕事との関係が挙げられる。過去の作品にはこの矛盾を処理しようと、高価な過程を以て限定版プリントを制作し、ランバダもしくはチバクロームを使い、アクリルとアルミニウム額を取り付けたものがある。これには、お金が飛び交う「安価な」日常から、アーティストとしての「純粋な」ビジョンを切り離す意図があった。これは完成した作品に磨きをかけるイノウエの関心、そして彼の現代美術界に対する考えにも呼応する。 東京ワンダーサイトのレジデントとして東京に滞在した際、イノウエは自分が、面白いと思っことや正しい道よりも、作品に「価値を付加する」というコンセプトに誘導されていることに気づいた。この発見により、作品を最安で制作する方法を追い求めた新たな作品シリーズの制作が促された。60年代70年代イタリアのアルテ・ポーヴェラの芸術家のように、イノウエは良質と低質の境を曖昧にし、良質な作品が安価な制作技術などの「低い」ものとは反対であるという相互関係に抵抗した考えを表した。 今回イノウエは、このコンセプトを更に掘り下げ、実際の展示スペース(壁、天井、床)の内部を全て、生地、幾何学模様、曼荼羅デザインで覆い、コンテナの空間の再創造を試みた。立体的なオブジェが一切ないにせよ、これは一種の彫刻インスタレーションとも言えるだろう。彼は、観者がインスタレーションとの相互作用から免れることのできない環境を作った—それはまるで観者に及ぼす視覚的かつ精神的なインパクトそのものが作品であるような、強要されたパフォーマンスアートのようである。   The revolution will not be televised, but it will most certainly be computed.It will be hashtagged, Facebooked, and Twitted. It will spread like a contagious viral disease – crossing […]